むりしない農家(仮)のブログ

無理をしないことに決めた農家(仮)のブログです。

むりしないニートの幅

こんばんは!むりしないニートです。あと179日で農家になります。

 

小学生の下校時間とかち合うことがたまにあります。そこでランドセルのカラーバリエーションに驚かされます。もはや紫や茶色、水色は当たり前で、本体の色だけでなくカバーや柄などのデザインまで、本当に十人十色のランドセルをみんな背負っています。

十数年前、私が小学生だったころは、ピンクや紫のランドセルの子が学年に数人いる程度でした。それも女の子に限った話で、男の子に至ってはぼぼ全員が黒。青ですら「ちょっと違う子」という認識でした。

 

ランドセルの色なんか選べて当たり前になっているんですね。大人が通勤バッグの色を選ぶように、小学生も自分の持ちたい色を選ぶことが当然になっていることを感じます。

もしかすると、ランドセルの色を論じることすらナンセンスな時代が来るのかもしれません。ランドセルではない鞄で通学するのもアリだよね、みたいになる未来も近いのかも。

 

でも時代とともに常識は変わりますが、子どもの選択する能力はそんなに急激に変わるんでしょうか。

子供に限った話ではありません。人類はここ数世紀で急に選択の幅が広がり続けていますが、人間の方がその幅を使い切れるだけのキャパシティを持ち合わせているのかどうか。

例えばランドセルを色から選ぶ必要が出てきた分、機能について吟味する脳みその空き容量を消費してしまう可能性も否定できないですよね。人間は1日に10回しか選択できないなんてことを聞いたことがあります。

 

自由度が大きくなって、実現できないことが減るのは喜ばしいことです。ただ選択の幅が広がることを手放しで良いことと捉えるのはもしかすると危ないのかもなと、小学生の群れを信号待ちで眺めながら思っていました。

赤か黒以外のランドセルが欲しかったよって方はまた読んでください。それではおやすみなさい!